

2010年09月13日 (月) | 編集 |
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2010年4月3日投稿作品。
「咲-Saki-」二次創作 『桃子-Momoko-』前編
「やっぱり、ここにいたのか」
屋上で柵にもたれかかり、空を眺めていると、背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、私のよく知る人がそこにいた。
「……」
いつもなら会えて嬉しいはずのその人に、
私は何も答えずまた空へ視線を向ける。
「聞いたぞ、最近部室に顔を出してないそうじゃないか」
横に並び、先輩は私の顔を覗きこんでくる。
一瞬だけ目が合い、後ろめたさのあまり、すぐに顔をそむける。
……インターハイが終わってから一ヶ月、私は漫然と日々を過ごしていた。
何をする気にもなれず、ただ学校に通うだけの毎日。
部室には行かなかった。行けるはずがなかった。
みんなに合わせる顔がなかった。
「――見ていたぞ、あの試合」
先輩のつぶやきに、私は肩を揺らす。
先輩はそれ以上何も言わず、黙って私の顔をじっと見ている。
「……私」
震える口をかすかに開き、私はノドの奥から声を絞り出した。
「……もう私、なんの役にも立てません」
秘めていた思いを口にすると、後はもう止まらなかった。
「先輩、ここにいる私をあっさり見つけたっすよね。
それで分かったんじゃないっすか?
私、ステルスが使えなくなったんです」
先輩に向き直り、真正面から見つめる。
「なぜだかは分からないっす。
でもとにかく私は、もうステルスが使えないんです。使えなくなってたんです。
そんなことにも気付かずに、私はあの試合で、あんなヘマをしてしまったっす。
津山先輩と妹尾先輩にとっては、あれが最後の大会だったのに……。
それなのに、先輩たちの夏は、私のせいで終わってしまったんです」
「……一つだけ、聞かせて欲しい」
私の告白を黙って聞いていた先輩は、ゆっくりと口を開いた。
「モモはあのとき、手を抜いて戦ったか?」
「そんな! そんなことないっす! 全力で戦ったっす!
もちろん、油断はあったかもしれないっす。
でも、あのイーピンは、絶対に通ると思って、自信を持って切ったんっす!」
「だったらいいじゃないか。
全力で戦って、それでも負けたんだ。お前を責める奴なんて誰もいないさ。
妹尾たちだって、きっと悔いは無いはずだよ」
「でも、でも私、もうステルスが使えないんっすよ?
ステルスの使えない私が、これ以上みんなの力になれるとは……」
「それは、悪いことなのか?」
「……え?」
先輩の言葉に、私はポカンと口を開けた。
悪いことじゃ、ない?
ステルスが使えなくなったのに?
「なぜステルスが使えなくなったかって? そんなの簡単さ。
モモが強くなったからだよ」
「へ?」
「モモは強くなったんだよ、誰も無視できないくらいにな。
誰もがモモの存在を認めた。結果、ステルスが効かなくなった。
それだけの話さ。
ようするにだ、モモは『要注目の選手』になったってことだよ」
先輩の言葉が、耳から耳に通り抜ける。
私が、強くなった?
というか、私、注目されてるんっすか?
「なんだ、自覚がなかったのか?
大学でもモモのことは話題に上がっているんだぞ。
鶴賀にはすごい選手がいるって。
今年の新入部員だって、
去年のモモの戦いぶりを見て鶴賀への進学を決めたそうじゃないか」
「ふええ!? そ、そうだったんすか?
私てっきり、先輩の試合を見たからだと……」
「おいおい、後輩たちとちゃんとコミュニケーションを取ってるのか?
そんなことじゃ、部長は務まらないぞ?」
「え?」
「部長、任されたんだろ?」
「……はい。大会が終わってすぐに、津山先輩から言われたっす。
新部長は、私だって」
「だったらこんなところで腐ってる場合じゃないだろ?
もっとシャキっとしろ、シャキっと。
まあ、雑務を全部蒲原に押しつけていた私が、
部長がどうこうだなんて言えた義理はないんだけどな、ははは」
先輩は照れた顔で笑い、髪をかき上げる。
「前にも言っただろ。
私は、モモがステルスを使えるから、部に誘ったんじゃない。
モモの打ち筋に惹かれたから、求めたんだ。
ステルスなんか関係なく、私はモモのことを認めていたんだよ。
そんなモモを、今は皆も認めている。そのことが私は嬉しい。
誇らしい気持ちでいっぱいなんだ」
「先輩……!」
熱い思いがこみ上げてくる。
思わず私は、先輩を抱きしめていた。
先輩はちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐに私の頭をなでてくれた。
「頑張れ、モモ。
お前なら、私が果たせなかった夢だって、きっと……」
「はい……! 先輩、大好きっす!」
私にとって、夏は特別な季節だ。
あの人と共に過ごした、かけがえのない思い出があるから。
夏は必ずやってくる。
たとえどんな日々を過ごそうとも、必ず。
あれからまた、一年が経った。
巡り来るインターハイの季節。
私にとっては三度目の夏。
そして、最後の夏。
決勝の組み合わせは、奇しくも二年前と同じ面子だった。
清澄、龍門渕、風越、そして、――鶴賀。
波乱に次ぐ波乱、激闘に次ぐ激闘を経て、戦いはついに大将戦へともつれ込む。
選手の入場がコールされ、私は立ち上がる。
卓へと向かう通路の途中で、見知った顔が私を待っていた。
私の尊敬する、そして、一番大切な人だ。
言葉は交わさない。
ただ黙ってハイタッチをし、お互いにうなずく。
行こう、全国へ。
私の、私たちの、夢をかなえるために――。
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