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「面倒なメール」問題を整理しよう
2014年05月31日 (土) | 編集 |


- Ritz Kobayashi's dreamscape
>これ書かない方がいい気もしますが面倒なメールくるので…

小林立先生が日記で書かれていた、
この「面倒なメール」の問題について、
自分なりに考えてみました。
以下、咲-Saki-に関するネタバレ多数。




我々読者が考えるべきことはシンプルです。

「節度を守ろう」

ただこれだけです。

質問のメールを送ること自体は、何も悪いことではありません。
作者がメールアドレスを公開し、
送られてきた質問に不定期ながらも答えている以上、
自粛する必要はないはずです。

問題なのは「質問の仕方」です。
作り手と受け手という、立場の違い以前の問題として、
相手は見ず知らずの人間です。
咲-Saki-だから、小林立だから、という話ではなく、
会ったこともない相手へメールを送るのですから、
そこにはそれ相応のマナーが求められます。
メールの作法なんてググればいくらでも出てくるので、
少しは調べてから送ろう、という話ですね。

また、質問に答えるかどうかは、全て立先生の匙加減次第です。
答えたくないことには答えないでしょうし、
「なぜ答えないのか」としつこく迫るのは厳禁。
立先生が「面倒」だと感じたのは、
おそらくこのパターンなのではないか、と思ってます。
その真相は分かんないですけど、

マナーを守ってメールを送る
質問に答えてくれなくても、しつこく問い詰めない


この二点さえ気を付けていれば、
今回のような騒動は、今後起きないはずです。


以上が、個人的に問題だと感じたことです。
逆に言えば、「それ以外は問題じゃない」と思ってます。
先にも述べたように、質問すること自体は悪いことじゃないので、
「火事の原因は宮永咲の放火によるものか?」
と、尋ねてはいけないわけではないのです。
もちろんこれは、マナーを守ることと、
しつこく問い詰めないことが前提です。
まあ、個人的には、
「それ、作者に聞くよりも自分で考えた方が楽しいよ」
とは思うのですが、
「質問するな」と止める気はないし、止めることも出来ません。



ここから先は余談になります。
「宮永咲放火魔説」の是非などをグダグダと語っているだけなので、
興味のない方は読み飛ばしてください。


まず、「宮永咲放火魔説」は「キャラへの中傷」ではありません。
放火魔説に限らず、どんな考察であれ、
確かな根拠と共にその説が語られたのなら、
それは一つの意見として認められるべきだし、
少なくとも真実が明らかになるまでは、
排除されるべきではないでしょう。
その説に説得力があれば、賛同者は増えるだろうし、
説得力が無ければ批判されるか、無視される。
それだけの話です。

ただし、批判するにしても、
「こんな説を唱える奴は頭がおかしい」
などと人格批判をするのはダメです。
明らかに冗談だったり、親しみを込めて言う分にはいいと思いますが、
考察の内容が気に入らないからといって、
論者本人を攻撃するのは間違っています。

キャラへの中傷というのは、
「ブス」だとか、「上半身は男」だとか、
そういう類の発言だと私は考えています。
外見をけなしたりするのは、ただの悪口なので、
そんな発言をした人は非難されても仕方がないでしょう。

「中傷なのかジョークなのか」の線引きは難しいんですが、
悪意があるかどうかを文脈で判断するしかないですね。
アラフォーとか(28)などの、公式がネタにしてる要素は、
乗っかってもいいんじゃないかなとは思います。


ただし、
「なぜこのキャラはこういう見た目なのか」
と考え、そこから論を進める方法はあるので、
キャラデザに注目すること自体は、いいことだと思います。
たとえば、愛宕洋榎と愛宕絹恵は姉妹なのに、
あまり似ていないのはなぜか。
もしかしたら本当の姉妹ではないのではないか。
……といった感じで想像を広げていくのは全然あり。
それは作品への理解を深めようとする行為なので。

「宮永咲放火魔説」も本質的には同様で、
与えられた情報から物語を読み解こうとした結果、
その結論にたどり着いたのなら、
それは一つの説として認められるべきです。
たとえ作者自身が、想定していなかったことだとしてもです。

というのも、「物語」とは、
発表された時点で作者の手を離れるもの
だからです。
これは咲-Saki-に限った話ではありません。
作者が想定しなかった受け取り方をされる可能性は、
どんな物語にもあるのです。
発表された時点で、その物語は読者全員の共有物なので、
どのような受け取り方をされても、作者は許容するしかないのです。

著作権はまた別の問題。


たとえば咲-Saki-の最新エピソードを読んで、
ミョンファをぺろぺろしたいと思った方もいれば、
久に踏まれたいと思った方もいるでしょう。
洋榎のお尻を叩きたい、揺杏に腹パンしたい、等々、
どのように感じるかは人によって違います。
一つの受け取り方しかできない、なんてことはないってことですね。

極端な話ですが、
「宮永咲放火魔説」を提唱することは、今でも可能です。
なぜなら、物語の外で語られた言葉は、
あくまでも「一意見」に過ぎないからです。
作者が自サイトで「こういうことだよ」と語ったとしても、
それは「作品をよく知る人の一意見」でしかありません。
もちろん、その物語のことは作者が一番よく知っているので、
説得力と信憑性は非常に高いです。
しかし、そこで語られたことが、作中で描かれるまでは、
「唯一の真実」だとは確定されません。
なぜなら、「作者の気が変わる可能性」が、ゼロではないからです。
今回の件で言えば、
「気が変わったから咲が放火したことにしよう」
と考え直す可能性が、ゼロではないのです。

これは極端な例であり、
その可能性はほとんどゼロに等しいです。
しかし、完全にゼロではありません。
咲-Saki-という物語の中で、
「何がどうだったのか」が語られるまでは、
可能性だけは残るのです。

さらに極論を述べるなら、
作中で真実が明らかになったとしても、
「そうじゃない」と解釈する自由が、読者にはあります。
「こういうふうに描かれていたけど、別の受け取り方があるのでは」
と考えるのは自由なので。
その解釈が他の人に支持されるかどうかは、また別の話ですが。

とはいえ、作者が自サイトで情報を公開するというのは、
公式発表とほぼ同義であることは確か。
そういう場所で、物語の根幹に関わるようなことを明かせば、
大きな反響を呼ぶだろうことは、立先生だって分かっていたはずですし、
なるべく触れたくはなかったはずです。
それでもなお、宮永家の過去について語らずにはいられなかったということは、
本当に面倒なメールが来ていたということであり、
やっぱりメールの送り方には気を付けようね、という結論になりますね。



・余談の余談

「宮永咲放火魔説」を提唱することと、
ニコニコ動画などで「宮永咲は放火魔」と
コメントしたりすることは、全くの別問題です。
放火魔説はあくまでも可能性の一つに過ぎないのに、
文脈を無視して断定したら、それはもう風評被害なので。
宮永咲は放火魔という前提で、
自分なりに想像を広げていくのはありだと思いますけどね。



・さらに余談

私自身は放火魔説を支持しているわけではなくて、
立先生がミスリードを誘っている、
「宮永咲が放火した」と読者に思わせたがっている、
と思っていたので、
「違う」と断定されたことが意外ではありました。
あと、

物語は読者全員の共有物なので、
どのような受け取り方をされても、作者は許容するしかない

とは書きましたが、読者は読者で、
その物語を理解しようと努める必要があるとも思ってます。
少なくとも、その物語について何かを論じたいのであれば、
熟読、熟考しなきゃいけないと思ってますし、
適当に流し読みして誤読した人が、
「読者には誤読する権利がある」
なんて言っても説得力無いよね、とも。


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テーマ:咲-Saki-
ジャンル:アニメ・コミック
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